歴史
亀山宿
場所 本町(露心庵)〜野村(京口門)
アクセス JR亀山駅から徒歩15分
お問合せ 亀山市産業・観光振興室
TEL.0595-84-5049

東海道46番目の宿場町。東の端・露心庵跡から西の端・京口門跡まで、約2.5kmが亀山宿です。上の歌川広重「保永堂版東海道五十三次雪晴」は、「亀山に過ぎたるもの」とうたわれるほど豪華だった京口門を描いたもの。亀山は宿場町であるとともに、 亀山城の城下町としての顔も持っていました。そのため、見通 しのきかない曲がりくねった複雑な道や坂道が多く、城下町らしい特徴的な町並みとなっています。宿場は栄えていましたが、藩領内に幕府直轄の宿場が置かれたので、参勤交代で通 る大名達は亀山宿に宿泊するのを遠慮したといわれます。


●椀久塚(わんきゅづか)
今から三百年以上もむかしのこと。阿野田(あのだ)の里に、椀屋久右衛門(わんやきゅうえもん)という椀づくりの名人がいました。久右衛門さんがつくった椀は美しく、使い勝手がいいと評判が良く、遠くから買いにくる人もいたほどです。椀づくりがさかんになり、村人が力を合わせて椀の材料やできあがった品物を運ぶために使う道つくるなどして、村は大きくなっていきました。これも久右衛門さんの椀づくりのおかげと感謝し、彼が亡くなったとき、村人は立派な塚をつくってお祀りしました。その塚は、お椀を伏せたようにこんもりと盛り上がっていたので「椀久塚」と呼ばれるように。
これが不思議な塚で、塚の前で村人が久右衛門さんに、必要な数のお椀やお膳を揃えてほしいと頼むと、翌朝、その通 りに塚の前に並んでいたそう。村人は用が済むと洗い、お礼を言って返していましたが、中には不届き者がいて、数をごまかして返したことがありました。それからは、村人がどんなに頼んでもお椀やお膳を貸してもらえなくなったのだとか。
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